美術・芸術・ギャラリー

2018年2月11日 (日)

「シャガール三次元の世界」展  名古屋市美術館にて。

 

 

名古屋市美術館で現在開催中の、

「シャガール三次元の世界」展を観てきました。

シャガール展としては、各美術館で企画開催されることが比較的多く、

これまでも何度か観てきているので、もう良いかな~と思いつつも、

行ってみれば、それなりに見応えがあり、発見もあります。

結局、寒風の中、防寒しっかりしつつ、出かけて良かったです。(*^_^*)

 

 

(各画像はクリックで拡大出来ます。)

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パンフ表絵 

 「誕生日」 1923年  油彩

シャガールの誕生日に、恋人(結婚前の妻ベラ)が

花を抱えて彼の部屋を訪れたときの様子が表現されています。

シャガールが、恋人たちを描く愛の画家として、

画風や知名度が確立して行った過程の、初期代表作の一点ですね。

 

パンフ画面右上の彫刻 

「ふたつの頭部と手」 1964年 大理石

上の絵から頭部が立体にして再表現されています。

 

 

~パンフレットより~ 

本展は、この作家のあまり知られていない彫刻と陶器などの立体作品を、まとめてご紹介する日本で初めての試みです。
約170点の出品作品のうち、3分の1が彫刻と陶器、それ以外は馴染みの深い絵画や素描、版画といった構成です。
シャガールが立体作品に取り組むのは晩年ですが、三次元への意識はごく初期の作品にも見られます。
絵画と彫刻、平面と立体が、この作家の中でどのように意識され、作品化されていったのか、その制作の秘密に本展は迫ります。

 

 

 

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パンフ裏

「黒い手袋」 1923年-48年 油彩

「逆さ世界のバイオリン弾き」 1929年 油彩

「振り子時計のある自画像」 1947年 油彩

「空想の動物」 1952年 石膏

「散歩」  1961年 陶土

左下 ブロンズ作品を仕上げるシャガール写真

 

 

シャガールの創造力は、枯れない泉・尽きない泉が体内に在るかのようです。

高齢になってもなお尽きることなく湧き出るかのような創造性、制作意欲には、

圧倒されるものがあります。

 

 

ロマンチックな幻想的な絵が得意とされるイメージのシャガールですが、

この人自身がロマンチックな人物かどうかは判りません。

辛辣な毒舌家の側面もあったそうですし、

絵には(特に後年の絵には)深い屈折感も横たわっている気がします。

 

が、妻を愛し、また支えられもしながら育んだのだろうか、そのロマンス感が、

初期には彼の創造性の大きなインスピレーションとなり、

後々まで題材として、あるいは後年には(たとえば舞う花びらのように)

絵の中の欠かせないモチーフともなっていったようです。

 

 

最初の妻の急死の後、シャガールはしばらく絵筆が持てなくなっています。

やがて画業に復帰した後に、お手伝いに来てくれた女性が後年の妻となり、

シャガールを終生支えています。

シャガールにとって妻とは、暮らしの伴侶であると同時に、創造の女神でもあったのかもしれません。

 

 

ポストカードからチョイス。↓

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ハダサ病院付属ユダヤ教会堂のステンドグラス

「レビの一族」のためのヴァリアント 1960年-62年

墨・グワッシュ、和紙

 

シャガールは旧約聖書の題材にも多く取り組んでいます。

 

 

 晩年のシャガールが墨や和紙を多用していることは驚きですが、

その墨を画材としてもたらしたのは、あの本田宗一郎氏だそうです。

意外なところで日本との接点がありますね。

 

 

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

 

 

絵、焼き物、彫刻など、質・量が適度で、(多過ぎず少な過ぎず)

(好き嫌いはあるでしょうから私感では、)充分楽しめました。

 

 

と、ざっとご紹介まででした。

 

 

会期の残り日数はあと僅かです。

興味をお感じの方、お見逃しなく・・・・・・。clovershine

 

 

 

 

 

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2017年3月 9日 (木)

「ゴッホとゴーギャン展」を観てきました。 「肘掛椅子のひまわり」他

 

 

「ゴッホとゴーギャン展」に行ってきました。

 

   下、記事内画像は配布パンフレットより 

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パンフレット表絵: 

ゴッホ作 「ゴーギャンの椅子」  1888年11月 

   ファン・ゴッホ美術館蔵

 

 

ゴッホ、ゴーギャンのどちらの絵も

展示数は、(たとえば没後100年展といった回顧展等と比べたなら、)

さほど多くはありませんが、

関連のある他の画家の絵も展示されていますので、

その時代の画家たちの様子も感じながら鑑賞することが出来ます。

(ミレー、ブルトン、コロー、モネ等々)

 

ゴッホの「ひまわり」などの有名な絵が、絵ではなく”写真”で展示されているなど、

拍子抜けする面もありましたが、

それでもゴッホまたゴーガンが好きな向きには十分に見応えのある展覧会ではないかと。

私はすでに二度観に行っています。^^

遠くに出かけるのではなく、展覧会となって絵の方が近場に来てくれただけでも有難う!と思えます。

 

 

ゴーギャン

1702gohotogogya12_2

ゴーギャン作 「自画像」  1885年前半

  キンベル美術館蔵

 

ゴーギャン36歳となっています。

絵に描かれている自画像の風貌にはまだ若さが見られますが、

この絵の2,3年前までに、すでに、ゴーギャンは

余暇で始めた絵がサロンで評価され

「才能ある日曜画家」というジャンルで注目されるようになり、

画商と取引もする若手画家の一人となっています。

同時に株式仲買人として成功している事業家でもありました。

そこそこ裕福だったようです。この絵が描かれた2,3年前までは・・・・・・・。

 

1882年の金融市場の暴落で、職を失ったか辞したかどちらかで、仲買人の仕事から離れ、

画業に専念することを考えるようになるものの、まだ未来茫洋とする中で、

収入面で生活が厳しく、家族から理解が得られない等で悩んでいた時期に描かれたのが、この絵ということで、

本展の解説には、

毎日自殺を考えるが、それを思いとどまらせるのが絵画だという旨の、

親交のある画家ピサロに宛てた手紙の文章が添えられています。

 

 

このあと、ゴーギャンは画業に専念する決心をし、

その後の、一見悲惨げにも見える人生への舵を切って行くことになります。

 

 

ゴッホ

1702gohotogogya13

ゴッホ作  「自画像」 1887年6月ー7月

   クレラー=ミュラー美術館蔵

 

印象派の手法を取り入れています。

金銭的理由でカンヴァスではなく厚紙に描かれています。

 

ゴッホ34歳頃ですが、上のゴーギャン36歳より老けて見えます。

目が鬼気迫るようで、怖いんですけどね。

この3年後1890年7月にピストル自殺しています。

 (暴発の説もありますが・・・・・・・・。)

 

 

ゴッホが、牧師になる夢を絶たれた後に、

画家になる決心をし、

画商である弟テオに励まされ援助も受けながら、画家卵として絵を描き始めたのは1880年頃とされています。

亡くなるまでの画歴が僅か10年ということになります。

このたった10年で後世の人々の心に響き、

魂を深く大きく揺さぶり続けるような絵を多作している・・・・・・・・・、

この辺は説明不要で凄すぎると言わざるを得ません。

運命的な大きな力が働いていたのでしょうか。

 

 

 

本展覧会ではゴッホの「ひまわり」は写真のみでしたが、

亡きゴッホを回想してゴーガンが描いた「ひまわり」が見られました。

 

   下、記事内画像は配布パンフレットより 

1702gohotogogyan11

ゴーギャン作  「肘掛椅子のひまわり」 1901年

     E・G・ビュールレ・コレクション財団蔵

 

私的にはとても味わい深い魅力的な絵に思えました。

 パンフレットより

友情で結ばれた二人の画家の物語

ファン・ゴッホとゴーギャンが南フランスの町アルルで共同生活を送り、
その果てにファン・ゴッホが起こした耳切り事件はあまりにも有名です。
 しかし、それで関係が破綻したわけではなく、
彼らは互いに友情を抱き続けました。
ファン・ゴッホは「ゴーギャンの椅子」(パンフ表絵)の中で、
彼がゴーギャンのために購入した肘掛け椅子に面影を重ねました。
一方ゴーギャンは晩年、ファンゴッホの好きなひまわりの花を作品に描き、
すでにこの世を去った友に思いを馳せました。

      (パンフ表絵は前記事の始めに掲載しています。)

 

 

全く相入れない気質&芸術感を持つゴッホとゴーギャンの二人の共同生活は、

わずか2か月で終わっています。

上記文中の耳切り事件は、共同生活の場であった「黄色い家」をゴーギャンが出た直後に起こったとされています。

この頃ゴッホはすでに精神が不安定になっています。

 

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ゴッホ作  収穫 1888年6月  ファン・ゴッホ美術館蔵 

 

耳切り事件などの錯乱行動が顕著になる前の時期に描かれたものです。

ゴッホ最後の頃の絵に見られる独特のうねりのタッチはまだ見られません。

が強烈な印象です。

 

 

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ゴーギャン作 「ブドウの収穫、人間の悲惨」 1888年11月

  オードロップゴー美術館蔵

 

この絵はゴッホとゴーギャンが共同生活をしている中での作で、興味深いです。

絵からは文学性も感じられます。

 

 

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・

 

 

 

と、ご紹介はここまでにしますね。

今はせっかくの会期中です。(愛知県美術館では3月26日まで。)

興味のある方、最寄りの方、どうぞお見逃しなく・・・・・・・・・・・。^^clover

 

 

 

 

 

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2017年2月21日 (火)

抒情の風景、吉田博・木版画展を観て。感想その2です。 「グランドキャニオン」等 

 

 

ご訪問有難うございます。

この記事は前記事の続きになります。

 

 

吉田氏の木版画は、浮世絵として日本で発達した木版画技術を、

独自の視点で洋画風に、またより味わい深い表現へと発展させたもののようです。

 

  (以下の画像は配布パンフレットより)

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  「穂高山 大正15年 1926年」

水の作家とも評されているそうで、水が生きています。

大気が澄みきっているのも伝わります。

 

 

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜

 

 

展覧会の帰りに、図録の代わりに、

(図録は特に制作されていませんでしたので。)

現在巡回中の生誕140年展の記念で出版されていた作品集を買ってきました。

 (下にご紹介します。)

 

あいにく、この作品集では、万単位の高価版ではない本向けの印刷の限界なのか、

80回90数回と擦り重ねらた木版画の色彩の深さや

陰影の微妙さなどは見られません。し、

濃淡も平面的になり、木版画独特の味わいも薄らいでしまっています。

が、水彩や油絵も含めて初期の頃からの絵をトータル的に見渡せるという点で、

吉田氏の絵をあまり知らなかった私としては、買って良かったです。

 

そしてこの本で見知ることとなった初期の水彩がまた素晴らしく感じます。

明治の時代の日本の日常の風景がたぶん有りのまま、しかし

何と抒情的な表現でしょうか。

絵という、まるで詩のようです。

水彩の風景画で、このように抒情的な表現が成されている絵を、

(私の少ない知識の範囲内のことになりますが)他に知りません。

 

本の中にその魅力を言い得ている文章がありました。

 

日本独特の湿った空気感が魅力

 吉田博の2度にわたる渡米時に、新聞各紙で賞賛されたり、
美術愛好家たちの購買欲をそそったりした彼の作品の魅力は、
一言でいえば”大気の効果”である。

日本独特の湿った空気や霧にかすむ風物、自然の繊細さなどを詩情豊かに描き出した作品に人気が集中した。

 ~ 吉田博作品集 37頁 ~

 

 

吉田博氏は親戚中から片道分だけの旅費を借り受け、

友人画家の中川八郎氏と共に、明治32年9月(氏23歳)にアメリカ丸に乗り込み、

自費によると渡米を決行しています。

当時の事情では、周りの人たちと水盃で別れを告げての、

まさに決死の覚悟の渡米だったようです。

が、そこで待っていたのは予想もしなかった思いがけない幸運で、

持参した水彩画がデトロイト美術館の館長の目に留まり、

展覧会が申し出され開催されると、絵は売れに売れる大成功となり、

それはその後の米国内での活動へと続き、また潤沢な活動資金を二人に

そして後続の仲間達にも、もたらすことになったようです。

 参考: 名古屋ボストン美術館内、吉田博経歴説明

 

 

明治開国後の当時の日本は、

浮世絵や工芸品などの美術品が続々と海外へ放出されている時代でもあり、

米国の美術愛好家の人たちにすれば、未知であってもおそらくは興味のある神秘の国・日本だったのではないだろうか・・・・・・・、

その国から唐突にやってきた若者が持参した絵に、

叙情豊かに描かれている日本の風景が、

どれほど魅力的で新鮮に映ったのか、想像に難くない気がします。

 

 

絵は抒情的でも、

氏の行動は旧藩士の出生らしい武士の魂とも言うようなものを感じますが・・・・。

心は若き獅子のようだった?のかもしれませんね。

 

 

私もまた、この木版画展で惹かれたのは

そこに描かれている明治から昭和初期にかけての

有りのままのしかし抒情豊かに描かれた日本の風景でした。

(この点は、明治時代に日本からやってきた二人の若者の絵に魅了されたデトロイトの美術愛好家の人々と、もしや似た視点なのかもしれません。)

 

そこには、すでに失われた日本の文化、風物や暮らしの様子も見られ、

後年からみれば、美術作品であると同時に、写真の少ない時代の貴重な歴史資料にもなるのではないかしら?とも感じました。

個人的には両親の幼い頃、祖父母や曾祖父母たちが見たかもしれない風景があるようで、

自分はそこに居ないとしても、何かしら懐かしさも感じつつ観入りました。

 

 

展覧会では、海外での写生による作品も多数展示されていました。

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 「グランドキャニオン 大正14年 1925年」

絵が云々より、大正という時代に、あのグランドキャニオンで、

2週間近く泊り込んで写生をした日本人が居たということに、

先ずもって驚きました。(^-^;

 

 

* 名古屋ボストン美術館での

吉田博・木版画展の会期は今月の26日までです。

お近くの方是非どうぞ・・・・。

 

 

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜

 

 

会場で図録代わりに私が購入した「作品集」は下記です。

印刷にあいにく多少の不満はあるものの、トータルでは気に入りました。^^

ご紹介まで・・・・。

 

 

 

 

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   --- © 2017年 Life綴り ---

2017年2月19日 (日)

抒情の風景、吉田博・木版画展を観て来ました。 (その1)  「東京拾二題 亀井戸」等

 

 

現在、千葉から東京までの5か所の巡回で

「生誕140年 吉田博展」が 開催されています。

 (2017年2月現時点は久留米市美術館で開催中。)

 

名古屋ボストン美術館で開催の吉田博・木版画展はそれとは別ですが、

おそらくは巡回展に時期を合わせたと思われます。

17yosidahirosi11

 パンフレット表紙絵

  「瀬戸内海集 「光る海」 大正15年 1926年」

 

 

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜

 

 

木版画のみの展示で、展示品はすべてMOA美術館からの借り入れだそうでした。

 

明治の画家、吉田博氏については、

恥ずかしながらあまり知りませんでしたが、

出かけてみれば、なんと奥深く抒情溢れる絵世界でしょうか。

 

版画展ですので、版画のみですが、

しっかりした写生に基づく、まるで絵画のような木版画です。

 

( 当時の画壇の中心だった黒田清輝を中心とした画会と対立した別の画会の

その中心人物だったようですね。黒田氏を殴ったとか?の武勇伝?も有るようです。)

 

 

80回90数回と擦り重ねられた木版画は、

木版画特有の温かさが基本的に在る上に、

独特の奥行と深さを湛え、

非常に細やかで繊細ながらも、芯の強い妥協なき表現がされているのが見受けられます。

  (以下の画像は配布パンフレットより)

 

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 「富士拾景 朝日  大正15年(1926年)」

 (写真はクリックで少しですが拡大できます。)

朝の富士裾野の様子です。

この写真では判りにくいですが、

夜明けの空気感、水の冷感、小さく描かれた民家の中に有るだろう人々の寝息や息づかいまで伝わってくるようでした。

 

 

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 「東京拾二題 亀井戸  昭和2年 1927年」

写真では色が呆けていますが、

淡い藤紫で表現されている藤の花が満開の中、人々が集う様子、

水の動き、花の香り・・・

全てが今生きているがごとくです。

 

 

同じく、春の日差しに桜の花が一面に香るがごとく・・・・・・。

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 「櫻八題 弘前城 昭和10年 1935年」

櫻を前面に描いているところが特徴的です。

 

 

氏の得意分野は、ご自身でも明言されているように山岳を中心とした風景写生にあるようですね。

 

妥協なき写生を通して結実していっただろう作品群は、

お人柄でしょうか、品のある誠実さも見られ、

味わい深いものとなっています。

 

 

とても惹かれるものを感じて魅入りました。

2度足を運びましたが、まだ観足りない思いがします。

まだ一週間会期がありますので、時間が取れたらまた行くかもしれません。あるいは

油彩や水彩も観たくなりましたので、巡回展の東京会場に行きたくなりそう・・・・。

 

 

と、今日はここまでにします。

この記事は、その2に続きます。

 

 

 

 

 

  --- © 2017年 Life綴り  ---

2016年8月20日 (土)

ルノワールの時代展 & 名古屋ボストン美術館の閉館決定に寄せて

 

 

 

蒸し暑い夏の日、sun

久々に美術展に行きました。

名古屋ボストン美術館は、比較的近場なのが有り難いです。

 

 

。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.

 

 

「ルノワールの時代」 ~近代ヨーロッパの光と影~

 

会期は3月19日(土)から8月21日(日)で、もう今週末までと、ぎりぎりです。

 

名称が紛らわしいですが、この展覧会はルノワール展ではありません。

ルノワールと同時代の画家達の絵を通して、その時代の人々の心や暮らしを見つめる・・・・・・、

といった構成になっていますので、ルノワールの絵は数点のみです。

 

 

下はパンフ表紙になっているダンスの絵ですが、

ルノワールらしい柔らかな筆致、色遣いを通して

人々の集う場の光や熱気、そして人々の感情や息づかい等が

生き生きと伝わるようです。

足元にブーケやタバコの吸い殻まで描かれています。

1608181

ルノワール作 ブージバルのダンス  1883年

 

 

この絵にも目を奪われました。

柔らかでありながらも荒い筆致に光や温度や息づかいを感じます。

1608182

ルノワール作 ガンジー島の海辺の子どもたち 1883年頃

 

フォーマルな服装のままの都会の子供と

背後に描かれている海で、裸で楽しげに波と遊び泳ぐ現地の人々を対比させています。

 

 

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キルヒナー作 クラヴァーデルからの山の眺め 1925-26年

 

キルヒナーは特に好きな画家ということではないのですが、

見る時によって感じ方が変わりますね。

今回は、画家が山の雄大な気に素直に打たれていただろう感覚が、

清々しく伝わるような気がして魅入りました。魅力的な絵に思えました。

 

 

1608184

ドーミエ作 雪空のクリノリン・スカート (「冬の歳時記」より」)1858年

 

雪が積もったスカート。女性のファッションを皮肉っています。

 

 

他、展示品を丹念に観賞し、

そろそろ足が痛くなる頃、閉館時間。

少しだけグッズを買って、帰宅、と、

規模の大きな展覧会ではないため、

心のリフレッシュ&心のビタミン補給には、疲れない範囲の程よい観賞タイムとなりました。

 

この土日が会期最終日です。お近くの方、是非どうぞ。

 

 

。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。.

 

 

さて、あいにくの事ですが、この名古屋ボストン美術館は

2019年3月までに閉館することが決まっています。

(美術館の後利用がどうなるのかは検討中のようです。)

 

オープン前から、経営面で成り立つのかどうか?と、

素人目にも首を傾げるような懸念材料はあったものの、

オープンしてしまえば、近場の有り難さもあって、

余程興味が湧かない展覧会以外のほとんどの展覧会に、

会期中少なくとも各一回は足を運んできました。

館側の希望に達しなかった入館者数の一人では有り続けてきた訳です。

 

とは言え、行くと、

建物の立地環境 (周囲にまったく緑が無く、空気的に欲求不満になる)や、

他に何らかの小さな不満が地味に出たりするのが、この美術館の不可解な点だったのですが、

だからと言って、展示されている美術品の鑑賞の妨げになるものではありませんでした。

 

印象深かった「ゴーギャン展」や「ボストン美術館 日本美術の至宝展」には、

2度も足を運んでいます。

2度も行かないまでも、印象深く、行って良かったと感じている展覧会は他にいくつもありました。

それらを考えますと、行きやすい近い場所にこのボストン美術館が出来てくれたことで、

私的には十分に、その”ご利益”にあやかったようなものかと。

結局は、有難う、としか言いようがないような・・・・・・・・・。

 

 

閉館が決まり、残りの時を刻み始めたボストン美術館としての最後の年数の間、

これからも、(災害などの不測の事態がなく、私的都合や体調が許す限りは)

入館者の一人で有り続けようと思います。

 

 

経営面では大きな赤字で、そういう意味では失敗だったかもしれませんが、

毎度足を運んだ一入館者であり、展示された美術品をそれなりに堪能させてもらった一鑑賞者の、

小さな声として言いたく思います。

ボストン美術館の収蔵品が、この地に来てくれて、

長年にわたり静かに留まってくれて、有難うございます、と。

 

 

* 名古屋ボストン美術館の閉館については、公式HPのお知らせ頁に掲載されています。

米国ボストン美術館との契約の終了について

 

 

美術館の後利用が、出来れば芸術的な方向で活用されてゆくと良いですが、はてさて?

今は行方を見守るのみです。shine

 

 

 

 

 

 

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